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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)1028号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金二三五〇万円及びこれに対する昭和六二年二月二二日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、亡B(以下「亡B」という。)の長女であり、被告は、生命保険業務等を目的とする会社である。

2  亡Bと被告は、昭和五一年一二月一日、次の生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、同五九年七月一二日、保険契約者を亡Bから原告に変更した。

(一) 保険期間 三〇年満期

(二) 主契約保険金 二四八四万七五〇〇円

(三) 災害割増特約 二二五〇万円

(四) 傷害特約 一〇〇万円

3  亡Bは、昭和六二年二月八日午前一〇時三〇分ころ、岐阜県吉城郡a町b地内(以下、単に「a町」とか「b地内」という。)の道路側溝において意識不明の状態で発見され、直ちに同町内の病院に搬送されたが、同日午前一一時一〇分、急性心不全により同病院で死亡した。

4  そこで、原告は被告に対し、本件保険契約に基づいて、昭和六二年二月一六日に保険金の支払い請求をしたところ、被告は災害割増特約及び傷害特約にかかる保険金合計二三五〇万円(以下「本件特約保険金」という。)の支払いをしない。

5  よって、原告は被告に対し、右の本件特約保険金二三五〇万円及びこれに対する支払日の後である昭和六二年二月二二日から支払いずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4項は認め、同5項は争う。

三  抗弁

1  本件保険契約においては、「契約者又は被保険者の故意又は重過失に基づく保険事故に対しては、本件特約保険金を支払わない。」旨の約定がある。

2  亡Bは、昭和六二年一月二八日、友人のC(以下「亡C」という。)と旅行に行く旨原告に告げて、原告宅を出発した。

3  その後の亡B及び亡C(以下、両名のことを「亡Bら」という。)の足取りは不明であるが、昭和六二年二月七日午後四時ころ、国鉄古川駅を下車し、徒歩でa町b地内に向かい、同所の藁置小屋(以下「本件藁置小屋」という。)付近で夜を過ごした模様である。

4  ところで、本件藁置小屋付近の状況は別紙「現場見取図」(以下「別紙見取図」という。)記載のとおりであり、同所はa町の中心部から北へ約八キロメートル入った山中で、リンゴ又は桃の果樹園が広がる人通りの少ない場所であり、本件藁置小屋へ至る道路はその約六〇メートル手前までは除雪されていたが、それ以北は三〇ないし四〇センチメートルの積雪状態であった。また、本件藁置小屋は、四方に高さ約一・五メートルの柱のみを有し、その上に巾一メートル奥行一・五メートル程度の屋根が乗っているにすぎないもので、かつ、当夜の最低気温は零下一二ないし一三度位であった。

5  そして、亡Bらは、本件藁置小屋付近で睡眠剤を服用し、やがて寒さのために意識低下を来たして夢遊病者のように歩きはじめ、亡Cは、道路を下って側溝に転落し、自力で這い上がったものの全身水に浸り、本件藁置小屋より一三〇メートル程南方の道路上で凍死した。また、亡Bは、道路に出るまでもなく側溝に転落し、側溝の中を一二メートル程南方へ移動したところで動けなくなったが、側溝の水量が少なかったことと、雪の覆いのために冷気が和らいだことから、亡Cより生存時間が長くなり、翌八日午前一〇時三〇分ころ意識不明の状態で発見されたが、間もなくして死亡したものである。

6  なお、亡Cは、以前から心臓病に悩んでいたらしいうえ、精神安定剤を常用していた。また、今回の旅行中に、三〇年来の愛人であったDから亡Cの義妹に対し、Dからの借金の返済及びDが保証人となって亡Cが借りている国民金融公庫への返済について再三電話があり、旅行先から義妹に電話を入れてその旨聞かされた亡Cは、このとき義妹に対し、「(亡Cが経営していた)店を始末してお金を返して。」とか、「もう帰らない。」などと答えた。これらの事実によれば、亡CとDとの関係はうまくいっておらず、また、亡Cが金銭的に困窮していたことが推認される。

7  右の2ないし5の事実(すなわち、Bらが、付近に人家があるにもかかわらず、厳冬の山中において、夜間睡眠剤を服用したこと)に同6の事実を考え合わせると、本件は、本来情緒不安定であった亡Cが、男女関係、借金等に悩んで自殺を決意し、亡Bがこれに同情して心中を図ったものと推認するのが最も自然で合理的である。

8  仮に本件が心中でないとしても、①厳冬で相当な低温が予想される状況下において、②付近に人家があるにもかかわらず、③何らの避寒処置を取ることもなく、④睡眠剤を服用し、⑤付近一帯に相当の積雪のある果樹園中の本件のごとき藁置小屋付近で野宿することは、まさに自殺行為と考えざるを得ない程の無暴行為であるから、亡Bの死亡は重過失に基づくものというべきである。

9  よって、被告には本件特約保険金の支払義務はない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1、2項の事実は認める。

2  同3、4、5項は知らない。

なお、当夜の最低気温は零度以下ではなかった。また、Bらが服用した睡眠剤は亡Cが医師から投与を受けていたものであり、その服用量も少量で、心中目的で使用したものではなく、寒さのなか寝つくために使用したにすぎないものである。

3  同6、7項は否認する。

なお、亡Bは、健康上も金銭上も家族関係上も何ら問題を有しておらず、自殺の動機は全くなかった。

また、亡Cも、不眠症のため医師から安定剤の投与を受けていたことはあったが、それ以外は健康であったし、借財も自殺を決意させる程多額なものではなく、また、義妹への電話内容も、義妹が強い口調で話したため、つい感情的になって答えてしまったものにすぎず、本心ではなかったのである。そして、それが証拠に、亡CはDに対し、旅先から、「二月八日に迎えに来て欲しい。」旨の電話を入れているのである。

したがって、Bらには心中を企てるような動機は全くなかった。本件は、Bらが道に迷って、本件藁置小屋の横で藁を敷いて夜を過ごそうとしたものにすぎない。

4  同8項は争う。

本件は、所持金が乏しくなって旅館に宿泊できなくなったBらが、見知らぬ旅先で人家に近い藁置小屋を見つけて野宿することとし、寒いなかで寝つくために睡眠剤を飲んだというものであるから、右のBらの行動は未だ重過失とは言えない。また、亡Bの直接の死亡原因は側溝へ落ちたことであるが、右側溝は積雪によりその存在がわかりにくくなっていたものであるから、右転落も重過失とは言えない。

したがって、亡Bの死亡は重過失に基づくものではない。

理由

一  請求原因1ないし4項の事実及び抗弁1、2項の事実は、当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実に、甲一の一、同三ないし五、同六の一、同七、乙一ないし四、同六ないし一五、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同一六、一七号証及び証人Eの証言(以下「E証言」という。)並びに原告本人尋問の結果(以下「原告供述」という。)を総合すると、

1  亡Bは、死亡当時五九歳の女性であり、名古屋市内において実の娘である原告及びその長男と一緒に生活していたものであって、健康的にも金銭的にも家庭的にも何ら問題はなかったこと、また、亡Cは、死亡当時五五歳の女性であり、名古屋市内で麻雀荘を経営しながら一人暮らしをしていたものであるが、当時、不眠症のため医師から安定剤の投与を受けていたこと、

そして、亡Bと亡Cは、古くからの友人で、これまでも三か月に一度位、一緒に旅行していたこと、

2  しかして、昭和六二年一月二八日、亡Bは、原告に対し、「亡Cと一緒に長野方面へ旅行に行く。」と言って家を出たこと、

そして、その後、亡Bらは野沢温泉や宇奈月温泉に泊まったようであるが、その余の足取りは不明であること、

3  亡Bらの右の旅行中、亡Cの三〇年来の愛人であったDが亡Cの義妹に対し、「Dからの借金の返済及びDが保証人となって亡Cが借りている国民金融公庫への返済をどうするのか。亡Cに聞いてくれ。」との趣旨の電話を再三してきたので、亡Cが旅行先から義妹の家に電話をしたとき、義妹が強い口調で亡Cに対し、「どうするの。」と言ったところ、亡Cも感情的になって同女に対し、「店を始末して。」とか、「家賃は二月まで払ってある。」とか、「F君、Dさんにお金を返して。」とか、「残ったお金は銀行に入れて。」とか、「マンションも引き上げ荷物も処分して。」とか、「もう帰らない。」などと言ったこと、なお、右の亡Cから義妹への電話は、二月六日の夜か二月七日の午前のいずれかになされたものであること、

4  亡Bらは、二月七日の午後、国鉄高山駅から乗車して同古川駅の次かその次の無人駅で下車し、徒歩で国道四一号線を富山方面にむかったが、途中で左折して県道に入り、更に広さは同じ位の町道に入ってb地内に至ったこと、なお、亡Bらが歩いた右の距離は、約三ないし四キロメートルであったこと、

そして、亡Bらは、同日午後五時五〇分ころ、b地内の入口にあるb地内の住居案内板を見た後、更に山中に進んで本件藁置小屋に至ったこと、

5  ところで、本件藁置小屋付近の状況は別紙見取図記載のとおりであって、同小屋はリンゴ又は桃の果樹園の中にあり、同小屋に至る道路はその約六〇メートル手前までは除雪されていたが、それ以北は三〇ないし四〇センチメートルの積雪があったこと、なお、右道路には巾約四〇センチメートル、深さ約五〇センチメートルの側溝があったが、右積雪のため雪に埋もれていて、道路との区別は明らかでなかったこと、

そして、本件藁置小屋は、四方に高さ約一・五メートルの柱のみを有し、その上に巾一メートル、奥行一・五メートル程度の屋根が乗っているにすぎないものであったこと、

6  しかして、亡Bらは、本件藁置小屋から藁を取り出してその付近に並べ、亡Cが医師から投与を受けていた睡眠剤を合計二〇袋分二人で服用し、藁の上に横になったが、やがて寒さのために意識低下をきたして夢遊病者のように歩きはじめ、亡Cは、道路を下って積雪のない所まできたものの側溝に転落し、自力で這い上がって更に歩き始めたが、六〇メートル程南方に行ったところで道路上に倒れ、そのまま同所で凍死したこと、

また、亡Bは、道路に出る前に雪に覆われた側溝に転落し、側溝の中を一二メートル程南方へ移動したところで動けなくなったが、側溝の水量が少なかったことと、雪の覆いのために冷気が和らいだことから亡Cより生存時間が長くなり、翌八日午前一〇時三〇分ころ、意識不明の状態で発見されて直ちに病院に搬送されたが、間もなく死亡したこと、

7  そして、亡Bの死亡診断書によれば、死因は「心不全」、その原因は「低温下における側溝への転倒」と記載されていること、

また、亡Cの死体検案書によれば、死因は「凍死」、その状況として「自殺目的で安定剤服用後水路に転落、その後歩行中に倒れ凍死したものと思われる。」と記載されていること(なお、その他の身体状況欄に「甲状腺腫大」等の記載があるが、これがどの程度の症状であったかは不明であること)、

8  また、吉城郡河合村所在の河合地域気象観測所における観測結果によれば、二月五日及び六日の最低気温は零度以下であったが、同月七日の午後六時の気温は二・四度で、翌八日午前三時及び六時の気温は〇・三度であったこと、

9  また、亡Bらの服装は、二人とも合成皮革製のジャンパーとスラックスを着用し、ビニール製のブーツを履いていたもので、亡Bはビロード製の帽子を被っていたこと、

そして、亡Cはキャッシュカード三枚を持っていたが、亡Bらが所持していた現金は、二人合わせて二二一五円であったこと、

また、亡Bらは、高山で買ったと思われる土産品を所持していたこと、

10  また、亡Bらが服用したニトラゼパム含有の睡眠剤は、鑑定結果によると、尿中からその対照物が検出されたにすぎないので、その服用量はそれ自体で生命に危険を及ぼす程のものではなかったこと、

以上の事実が認められる(なお、原告主張の「亡Cが二月八日に迎えに来て欲しい旨Dに連絡した。」との事実は、原告供述中に右主張に副う部分が存在するけれども、右供述部分は伝聞でありたやすく措信できない。また、E証人は、「皆さんごめんなさい。」と亡Cの手帳に記載してあった旨証言しているが、右証言を裏付ける書類が存在していないので、右証言もまた措信できない。)。

三  よって、まず被告の亡Bらが心中したとの主張について検討するに、右認定事実によれば、亡Bには自殺の動機はなく、亡Cにも本件旅行に出る前は自殺の動機になり得るような事情はなかったものの、被告が主張するように、本件旅行中にかかってきたDからの電話が契機となって、亡Cが自殺を決意するということは全くあり得ないこととは言い切れず、加うるに、亡Bらが所持金も乏しいのに名古屋とは反対方向に行き、無人駅で下車して山中に向かい、二月初旬の厳寒のころに、付近に人家があるにもかかわらず敢えて本件藁置小屋に赴き、二人で二〇袋の睡眠剤を服用して、雪の上に敷いた藁の上に横たわったという事実を考慮すると、本件は、被告主張のように、亡Bが亡Cに同情して二人で心中を計ったものと考えることも可能である。

しかしながら、右の心中の動機はやはり薄弱なものと言わざるを得ないし、また、Bらは高山で買った土産品を所持していたこと、更には、亡Bが心中を決意したのであれば、原告に対して最後の連絡を取ろうとするのが通常であると思われるのに、亡Bはそれをしていないことをも考慮すると、本件は原告主張のように、所持金が乏しくなって旅館に泊まることができなくなったBらが、道に迷って人家に近い本件藁置小屋付近で野宿することとし、寒いなかで寝つくためにいつもより多くの睡眠剤を服用したものと考えられないでもない。

したがって、当裁判所としては、亡Bの死亡が心中によるものであるとは未だ認定することができないものである。

四  そこで、更に進んで被告の重過失の主張について検討するに、本件の免責事由である重過失とは、商法六四一条所定の重大なる過失と同趣旨のものと解すべきであって、注意義務違反の程度が顕著であるもの、すなわち、わずかの注意さえ払えば違法、有害な結果を予見することができたのに、右注意を怠ったために右結果を予見できなかった場合をいうと解すべきである。

そこで、これを本件について見ると、二月という厳寒のころに、付近に人家があるにもかかわらず敢えて山中の雪の中で野宿しようとし、通常より多量の睡眠剤を服用したうえ、前記認定の服装で藁の上に横になって寝こむことは極めて凍死の危険性の高い行為であって、亡Bにも右の行為が凍死の危険性の高いものであることは容易に予見できたものといえる。そして、亡Bが夢遊病者のように歩き出して側溝に転落し、同所で急性心不全により死亡したことは、右の行為と相当因果関係がある出来事であるから、亡Bの死亡は同女の重過失によって招来されたものというべきである。

そうすると、被告の重過失による免責の抗弁は理由があるから、被告には本件特約保険金の支払義務はないことになる。

五  よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 林道春)

<以下省略>

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